魚は磁気コンパスを利用して沿岸に戻り、唄覚に頼って母川回帰する本能(正しくは刷り込みというべきだが)のほうが、年平均気温14度の線より南下しないという本能より強いため、利根川のサケは寒冷期に定着した南限を暑さに耐えていまも維持しているわけである。
もっとも、この本能は完全にリジッドではないらしい。
迷子か、意図的なのか、はたまたDNAに刻まれた氷期の記憶がよみがえるのか知るよしもないが、母川も平均気温も無視して南下する個体が、例年いくつかあるようだ。
この二十年ぐらいの記録を調べてみると、千葉県東京湾側の湊川、神奈川県の酒匂川、静岡県の浜名湖、愛知県の矢作古川河口、三重県の神津佐川支流、さらには瀬戸内海に注ぐ山口県の椎野川河口などで捕獲あるいは死後発見された例がある。
多摩川に放流されたサケの成魚が迷ったと解釈されがちだが、酒匂川や浜名湖の例は多摩川の放流開卿上途中のサケ◎彼らが生まれる川とは生態系がまったく異なる川にサケを放流する運動を、エコロジカルなどと呼べるのだろうか始に先立っており、椎野川の場合は日本海を南下して関門海峡から回り込んだらしい。
こういう「回帰異変」が起こるのはシロザケに限らない。
東北、北陸沿岸まで回遊はするものの、北海道以外ではほとんど遡上例のないカラフトマスが栃木県の那珂川でヤナにかかったり、北海道にさえ自然分布は見られないベニザケが長崎県対馬の定置網にはいったりしたこともある。
おそらく、これらの個体は、気候が寒冷化する時期には南限を広げる開拓者の役割を果たすのだろう。
だとすると、ごく一部の個体があえて本能に従わないことも種全体のシステムに組み込まれたものかもしれない。
多摩川のサケは、身も割ける思いに苦悩している理由はともあれ、南限を越えて南下するサケは少数の例外である。
したがって人間が介入して分布域を広げるときは、気候的条件や水質、河川構造がサケの生に適していなければならない。
ならば、多摩川にサケを放流することがなぜ愚行かは、もう明らかだ。
まず、現在の多摩川の河川構造や下流域の水質は、稚魚が降海するのに好適とはいいがたい。
それでも、その障害を克服し、北洋を回遊して成魚になり、本能に導かれて沿岸に戻ったとしよう。
彼らには母川に回帰することと、年平均気温14度の線より南下しないことがプログラムされているから、南一房総沖合あたりで絶望的な矛盾が生じる。
これ以上、南下してはいけない、しかし、もっと進まなければ母川に戻れない。多摩川のサケは、まさに身も割ける思いをしているにちがいない。
そして、より強いほうの本能、つまり母川回帰本能に従って多摩川に戻ると、たちまち取水堰に前途を阻まれる。
「放流する会」では、だから堰の改修や撤去を、という意見らしいが、堰をなくせば産卵や孵化に適した環境ができるというものではなかろう。
小うるさいイギリスあたりの動物愛護団体の視野には魚類がはいっていないからいいようなものの、これはもう動物虐待そのものではないか。
そもそも、河川浄化は人間がみずからの責任で取り組むべき問題である。
特定の生物種が生存すれば一定の環境条件の目印になるから、浄化の指標として生物を利用することはあってよい。
だが、その指標動物として、かなり「高等」な生物種であり、しかも自然分布しないサケを選んだところにこの運動の致命的な誤りがある。
それを、あたかも自然保護・環境保全に貢献しているかのように思い込むのは二重の誤りだ。
しかし、そうは言っても、という反論があるだろうか。
生物の飼育・観察は子どもたちの情操教育にも役立っていると。
よかろう。
母川回帰する大型魚に身勝手なロマンを見出して、多摩川にも自然分布するコイやフナではなくサケにこだわるなら、それがサケを虐待する結果になること、そんなことまでしなければ、川をきれいにしようという意識が生まれないほど人間は愚かな生物であることを、きちんと子どもたちに教えなさい。
そこまでやれば、寛容なサケは徹慢な人間の愚行を許してくれるかもしれない。
ま、鼻が曲がっても口が裂けても許すとは言えない、と一蹴されそうな気もするが。
河川浄化をうたうもう一つの「運動」多摩川にサケの稚魚を放流する運動が始まったのは、たしか80年代の初めだった。
水俣病、第二水俣病、イタイイタイ病、四日市瑞息をはじめ、公害先進国ニッポンの名を高めた多くの公害について原因が究明され、いまさら取り返しはつかないもののいちおうの対策も講じられたのが70年代。
80年代は、それまでの告発すべき敵が見えた「公害問題」にかわって、敵を特定できない「環境問題」が浮上した時代である。
カムバック・サーモンという呼びかけは、ある意味でその時代の気分を反映していたと言えよう。
ところが、60年代の初めから今日まで、同じテーマでしつこく続けられている運動もある。
合成洗剤追放運動がそれだ。
サケの放流が愚行にはちがいないものの、どこか稚気を感じさせるのに対して、こちらはなにやら筋金入りである。
しかし、はっきり言って80年代半ば以降、石鹸「愛用」運動ならともかく、合成洗剤「追放」運動の存在理由はない、と思う。
では、なぜ追放運動が持続しているのか。
あるいはこれは安全や環境保全を求める運動の退廃をもっとも典型的に具現しているのかもしれない。
検証のために合成洗剤問題という「問題」の歴史を駆け足でフォローしてみよう。
多摩川にサケを放すな合成洗剤、すなわち従来の牛脂、羊脂、豚脂、パーム油、綿実油など動植物性油脂を原料とする石鹸とは異なる構造の主成分をもつ洗剤は、1928年にドイツで開発された。
主成分である界面活性剤は高級アルコール系であった。
高級とは一分子中の炭素数が多いことを意味する。
だからオールドパーやクルボワジェのような高級酒に含まれていようとも、炭素数の少ないエチルアルコールは低級なのである。
え−つと、合成洗剤第一号の話であった。
これは、硬水ではガックリ洗浄力が落ちる石鹸の弱点を克服したものの、コスト高のためだろうか、一般化はされなかった。
家庭用洗濯洗剤として完成されるのは第二次大戦後のアメリカで、アルキルベンゼン系界面活性剤が採用され、トリポリリン酸ナトリウムなどの助材(性能向上剤)を加える技術改良がなされた。
日本では1937年(昭和12年)に、アルカリ性が強い石鹸では難があったウール洗い用の中性洗剤として、合成洗剤が初登場している。
しかし、本格的に普及するのは50年代の後半、石油化学工業と家庭電化の波がアメリカのあとを必死に追いかけているなかでのことだった。
そのころすでに、イギリスでは合成洗剤が公害問題(あるいは環境問題)を引き起こしている。
河川や下水処理場が泡だらけになったのだ。
この発泡問題は旧西ドイツ、アメリカ、そして日本でも次々に顕在化し、犯人は合成洗剤に使われている界面活性剤ABS(アルキルベンゼンスルホン酸ナトリウム)であること、これが微生物によって分解されにくいために泡が生じることが界面活性剤ABSは、微生物の口に合わなかった説明が遅くなったが、界面活性剤とは、単一分子中に水になじむ親水基と油になじむ親油基の両方をもつ物質である。
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